20歳の僕は、地元で派遣社員として時給750円の仕事をしていた。大学にも進学せず、特別なスキルもない。そんな僕が、人生で初めて本格的に借金というものに足を踏み入れることになるとは、その時はまだ夢にも思っていなかった・・・
同窓会の幹事に任命された日
成人式を無事に終えて一年が経った頃、同窓会の話が持ち上がった。
ある日、大学時代の友人からLINEが届いた。
友人A「今度、同窓会やるんだけど、幹事やってくれない?」
自分「え、俺? でも時給750円の派遣だし、そんな大役無理だよ…」
友人A「大丈夫だって!昔からお前がしっかりしてるってみんな思ってるし!」

少し嬉しくもあり、不安もあった。
久しぶりに顔を合わせる昔の仲間たちと再会するのは楽しみだったが、
幹事役を任されるプレッシャーは大きかった。
「人数分の会費を集めて、会場の予約や支払いも全部管理しなきゃいけないんだよな…」
「でもみんなに楽しんでもらいたいし、俺がしっかりしなきゃな」
頭の中で数字を計算しながら僕は返事をした。
「わかった。やるよ。」
しかし、その時はまだ、この仕事がどれだけ自分の生活に重くのしかかるか想像もできなかった。
昔の仲間たちと久しぶりに顔を合わせる機会だった。
嬉しい反面、不安もあった。特に幹事役を任されたことがプレッシャーだった。
僕はその仕事を引き受けたけれど、すぐに現実の厳しさを思い知らされることになる。
集めた同窓会費は、全部で約20万円ほど。
普段の生活でギリギリの給料をもらっている僕には、重たい金額だった。
生活の苦しさが募っていく
毎日の仕事は単調で、時給750円ではとても生活費をまかなうのが精いっぱい。
家賃、食費、交通費、スマホ代…積み重なる支払いに追われる毎日だった。
目の前には、みんなから預かった20万円という大金・・・
「当日までに合計金額が合っていれば問題ないはずだ。
今月は苦しいから、数万円だけ先に『拝借』して、給料日にこっそり戻そう」
そう自分に言い聞かせ、封筒から数枚の福沢諭吉を抜き取ってしまった。
当時は「少しだけ帳尻を合わせる」程度の、軽い気持ちだった。
給料が入ればすぐに補填できると、根拠のない自信すらあった。
しかし、現実は計算通りにはいかなかった。
いざ同窓会が近づくと、なかなか全額を回収できない。
中には「急にお金がなくなった」という未払いや、「来られなくなった」というドタキャンが続出し、手元に残るはずの金額はどんどん目減りしていった。

着服がバレたらどうしよう
不安は日に日に大きくなった。誰かにバレたらどうしよう。
自分が信用されなくなるのはもちろん、同窓会自体が台無しになるかもしれない。
しかし、焦れば焦るほど財布の中身は空っぽで、穴埋めしなければならない金額は膨れ上がっていった。
そこで見つけた消費者金融
そんな時、ふと目に留まったのがテレビCMや街角の看板で見かける消費者金融の広告だった。
「最短30分で審査完了」「誰でも簡単に借りられます‼」
時給750円の派遣社員でも借りられるのだろうか?
試しにスマホで申し込んでみると、意外なことに数時間後には融資が決まった。
「こんなに簡単に借りられるなんて…」
甘い誘惑に負けて、僕はお金を借りることを決意した。

僕周囲に言えない苦しみ
最初の借金は数十万円。生活費の足しに、そして同窓会費の穴埋めに使った。
しかし、それから返済が始まると事態は一変した。
利息はどんどん膨れ上がり、返済額は毎月の給料を圧迫した。返しても返しても元金が減らない、終わりの見えないトンネルの中にいるようだった。
誰にも言えない苦しみを抱えながら、毎日を過ごした。
友人に借金のことを話すこともできず、同窓会の顔ぶれを見るのも辛くなった。
自分への嫌悪感と不安で夜も眠れず、いつしか心身ともに疲れ果ててしまった。
20歳の派遣社員で、時給750円の僕が同窓会費の着服をきっかけに借金の世界に足を踏み入れた話でした。
借金の重みを知らなかった
「借金は簡単にできるけど、返すのはとても難しい」
そんな現実を知ってほしい。そして、同じような境遇の誰かが、僕と同じ過ちを繰り返さないことを願っています。
――しかし、この時の僕はまだ知らなかった。
この借金が、
人生を何年も縛り続けることになるということを。
そして、
「もっと稼げばなんとかなる」という安易な考えが、
さらに深い泥沼へと僕を引きずり込んでいくことを。
この数か月後、
僕は借金を返すために地元を離れ、
県外へ出稼ぎに行く決断をする。
それが、
新しい人生のスタートではなく、
もっと苦しい現実の始まりだったとも知らずに。
▶ 次回予告(第二話)「県外に出稼ぎへ ――『稼げば全部解決する』と思っていた」

コメント